スマホの普及で「家族に連絡さえできない」
旦木 瑞穂 : ライター・グラフィックデザイナー
著者フォロー
2019/10/12 5:20
引き取り手のない遺骨が急増している
一因として、なぜ携帯やスマホの普及が関わっているのでしょうか?
2003年頃から、多くの自治体で引き取り手のない遺骨が急増している。
その大半は、身元もわかり親族もいる、ごく普通の住民のものだ。
ならばなぜ引き取り手がないのか。近年、家族や親族関係の希薄化がささやかれるが、
家族や親族はそれほどまでに冷たくなったのだろうか。
引き取り手のない遺骨対策として、全国に先駆けて2015年に神奈川県横須賀市が始めた、
行政版「終活支援事業」。
その事業を提案した横須賀市生活福祉課の北見万幸さんは、市役所に務めながら、高齢化する横須賀市を
約40年にわたり目の当たりにしてきた。
北見さんは、引き取り手のない遺骨が急増している理由に、新たな原因を導き出し、警鐘を鳴らす。
日本の高齢化の現状
横須賀市は高齢化率が約33%と神奈川県内では最高のレベルだ。
「横須賀市は2015年に一人暮らしの高齢者が1万人を超えましたが、問題は高齢化ではなく一人暮らしです。
2040年には、10世帯中4世帯が若年単身、高齢単身など、1人世帯となります。ただ、一人暮らしでも
ほぼ誰かにも看取られており、孤独死はごくわずかです」(北見さん)
現在、エリア人口の1.2%が毎年亡くなっている。横須賀市の人口は約40万人なので、5000人近くが亡くなっている計算になる。
ちなみに260万人都市である大阪市は、毎年約3万人が亡くなっている。
「毎日新聞大阪本社の記者さんが調べたところ、大阪市は2006年度は、1860件引き取り手がありませんでした。
しかし2015年度になると、2999件に増加しています」
北見さんは、「大阪市はおそらく、引き取り手のない遺骨に数億円ほどかかっているのでは」と言う。
墓地埋葬法第9条で、住民票がある自治体ではなく、「死亡地の自治体が火葬せよ」と定められているためだ。
墓地埋葬法は1948年にできた法律で、「住民登録がある人、親族がわかる人なら絶対に引き取り手が出てくる」ということを前提に作られているのだ。
また、総合病院のない市町村で倒れると、救急隊員は近隣の市町村の総合病院へ運ぶ。
例えば、30分前まで隣の市で生活していたとしても、倒れれば総合病院のある市町村に運ばれ、
死亡して、火葬する人が見つからなければ、その市町村の税金で火葬されるのだ
大阪市は約10%だが、政令指定都市では平均約3%、一般市や中核市は平均約1%の遺骨は
引き取り手がないと言われており、年々増え続けている。
「横須賀市には、1963年度から引き取り手のない遺骨を記録する台帳が残っていました。
その台帳を調べたところ、身元不明者は1963年度から水準はほぼ変わりませんが、
住民登録のある身元判明者がどんどん増えています」(北見さん)
身元が判明しているにもかかわらず引き取り手のない遺骨は、1963年度から1994年度までは0〜2件程度でほぼ横ばいだったにもかかわらず、1995年度で約5件。2002年度あたりから10件を超え、2005年度には約20件だったが、2014年度には約55件にまで増えているのだ。
携帯・スマホ社会が危険
なぜ身元が判明しているにもかかわらず、引き取り手のない遺骨が増え続けているのか。
「私たち市の職員は、一人暮らしの人が倒れたとの連絡を受けた場合、まず戸籍をとり、
ご親族のお名前や住所を調べます。昔なら、104に電話すれば電話番号がわかりましたが、今はわからないことが多い。
なぜなら、固定電話を待たない人が増えているからです」(北見さん)
横須賀市は昨年、53件の遺骨に引き取り手がなかった。そのうち13件は「あなたの親族の○○さんが亡くなりました。
市役所の××までご連絡ください」という内容の「お悔やみ」という手紙を市役所から送ったが、いまだに返信はないという。
「今や、高齢者もスマホを持っている時代です。しかし、タッチ1つで電話がかけられるため、自分の電話番号を暗記している人はほとんどいない。ましてや、家族の電話番号まで覚えているわけがありません」(北見さん)
携帯やスマホはロックがかかるので、解除するにはパスワードが必要だ。ただ、iPhoneなら「メディカルID」、Androidなら「緊急情報」を登録しておけば、ロックを解除しなくても登録してある緊急連絡先などが確認できるが、このことを知らない人は多い。
「実は、携帯電話の普及が原因の1つだということがわかってきました。携帯電話と固定電話の契約数のグラフを見ると、携帯電話は1994年頃から普及し始め、2004年頃に固定電話を抜き去っています。
このタイミングは、横須賀市の引き取り手のない遺骨の件数が急増したタイミングと一致しているのです」(北見さん)
財布を持たなくても、携帯やスマホがあれば、電車に乗れるし買物もできる時代。しかしその便利さは、持ち主が健康だということが大前提となっている。
例えば、一人暮らしの70代の男性が道端で倒れていたとする。通りがかった人が救急車を呼び、最寄りの総合病院へ運ばれる。所持していた携帯電話はロックがかかっており、「メディカルID」や「緊急情報」の登録はない。身分証明書から市の職員が104に電話をかけても、家族の電話番号がわからない。
男性は緊急手術を受けるが、翌日もまだ家族に連絡はつかない。治療のかいなく男性が亡くなった後、警察の調べでようやく他県在住の家族に連絡がいく。家族は死後数日経った男性の遺体、もしくは遺骨と対面する。しかし、もっと日数が経っても家族や親族に連絡がつかなければ、市の無縁納骨堂に納骨される。
つまり、身元が判明しているにもかかわらず、引き取り手のない遺骨が増えているのは、家族や親族から遺骨の引き取りを拒否される以前に、家族や親族に「連絡さえできない」というのが原因の1つなのだ。
住民の尊厳とQOLを守るために
昨年の引き取り手のない遺骨の53件中3件は、警察から「夫の墓がわからないから無縁納骨堂に入れてください」という連絡があり、無縁納骨堂に埋葬した。
無縁納骨堂は、いっぱいになると、市の職員が骨と壺とを分け、骨は土嚢袋に入れ、別の墓地に埋める。
女性のほうが平均寿命が長いため、夫の遺骨は妻が納骨していることが多い。
しかし、子どもがいない場合、遺された妻が倒れたとき、病院や警察では生前契約の有無は把握できないため、契約している葬儀社や墓の場所がわからず、無縁納骨堂送りになってしまう。
また、篤志解剖全国連合会によると、すでに亡くなっているはずなのに、献体を申し込んでいる人の遺体が大学に運ばれて来ず、献体不履行となるケースが1割に上るという。
そして、冒頭で触れたように、大阪市では遺骨の約1割が無縁化している。
北見さんは、「現状のままでは、1割の住民の信教の自由(憲法第19条、20条)を、結果的に守れなくなる危険性がある。これらの原因は、お金ではなく情報伝達だ。生前に希望を聞くのは、住民から税金という利用料、会費を集めている市の役割ではないか」と考え、2018年5月から「わたしの終活登録事業」をスタート。
無料で住民の終活情報(緊急連絡先やかかりつけ医、お墓の場所や葬儀の生前契約など)を市が預かり、万一のときに病院や警察、消防の問い合わせなどに答えるサービスだ。
元気なうちに必要な情報を登録してもらう制度で、横須賀市の住民であれば誰でも登録でき、
所得制限も年齢制限もない。
また、2015年に開始した「エンディングプラン・サポート事業」は、一人暮らしで頼れる身寄りがなく、生活にゆとりのない高齢市民が対象だ。
低所得小資産で、親族に頼れない一人暮らしの高齢市民の場合、最低費用25万円を事業協力葬儀社に予納して生前契約をしておけば、市が生前の安否確認を行い、リビングウィル(遺言)を保管し、万が一のときには希望に沿った医療が受けられ、死亡後は協力葬儀社と市で葬儀や納骨まで行う。
「放置すれば、いずれ墓地埋葬法第9条の対象となるだろう市民がいるにもかかわらず、対策を講じていない自治体がほとんどです。
一人暮らしが増える以上、墓地埋葬法の対象者はこの先もどんどん増えるので、何らかの対策を打つべきでしょう。
また、『わたしの終活登録事業』は、誰もが自己実現的な葬送を選ぶことができる事業です。
もしものときに必要な情報の登録しておくことで、本人の意思伝達を実現できる。住民の安心と尊厳、QOL・QODを守っていく必要があると考えています」(北見さん)
自治体単位で個人を支える取り組みが必要
横須賀市は、「誰も1人にさせない」というコンセプトで、この2つの事業を展開。
その結果横須賀市民は、自分が死んだ後の不安や、遺された者の負担を大幅に軽減し、誰もが自己実現的な葬送を選択できる。
生前契約などを行っている民間事業者は、信頼度や顧客満足度を向上させることに役立ち、市は、無縁納骨堂の遺骨や、火葬費など葬祭関係の支出を減らすことにつながっている。
もちろん、引き取り手のない遺骨が増えた理由は、携帯やスマホの問題だけではない。
ベースには、高度経済成長期に国民の大移動が起こり、親族同士が離れ、地縁が薄れたこと。
1990年代には核家族化や少子化が進んだことによる、家族や親族の減少がある。
そこへ2000年代に携帯・スマホが登場し、固定電話数を凌駕。情報環境が激変し、問題を後押ししてしまった。
万一のときは突然やってくる。北見さんは自分でできる対策として、携帯電話ケースの中に、家族の連絡先をメモした紙を入れているという。
今後は、もうかつてのように、家族や親族が個人を支えることはますます難しくなるだろう。
終活に努力をし始めている住民に報いるためにも、自治体単位で個人を支える取り組みが全国に広がってほしいと思う。
引用元:東洋経済オンライン