青森県八戸市に、“介護をしない”にもかかわらず、寝たきりの高齢者が自力での歩行が可能になるほど元気になる、デイサービスがある。代表取締役の池田右文さん率いる、池田介護研究所だ。
なぜ、要介護の高齢者たちがみるみる元気になるのか? 同社が運営する、「かなえるデイサービスまる」の型破りな取り組みや新時代の介護のあり方について取材した。
自然と意欲が湧いてくる舞台をつくる
爽やかな風が吹き抜ける、初夏の東北。青森県八戸市にあるデイサービス、「かなえるデイサービスまる」(以下、まる)を訪ねると、高齢の利用者たちがお出かけの準備をしていた。
「さあ、これから皆で畑仕事に行きますよ! 用意はいいですか~?」
介護職員の軽快なかけ声のもと、遠足に出かけるかのように喜々としながらワゴンに乗り込む利用者たち。向かった先は、同施設が地域の農家と共同で耕している農園だ。
青々とした畑では、じゃがいもやにんじん、葉物野菜の数々が順調に育っていた。今日は畑に生えた雑草の草むしりと、サニーレタスの収穫をする予定だ。
まずは、アウトドア用の椅子に腰をかけて、水分補給から。ゆるゆると、高齢者たちが立ち上がって、草むしりを始めた。
「おらも、草むしり、やりたくなってきたな」
そうつぶやく、ある利用者は自力での歩行が難しいが、動きたくて仕方ない様子だ。それに気づいた介護職員が、さっと彼女に寄り添う。肩を支え、一緒に歩きながら、草むしりのサポートをした。
ここでは介護らしい介護はしない。利用者を施設の中に閉じ込めず、自然と「何かをやってみたくなる」ような舞台をつくる。それが「まる」の特徴でもある。
介護ありきではなく、その人ありきの支援
デイサービスと言えば、食事や入浴介助のほか、利用者全員で塗り絵や折り紙をしたり、ボール遊びやカラオケをしたりするなど、リハビリ要素を盛り込んだレクリエーションを行うのが一般的だ。
いわば、お遊戯のようにも見える「介護レク」を皆で一斉に行う。確かにそれは身体機能の向上や脳の活性化を図るためにつくられたプログラムなのかもしれない。
だが、当の高齢者たちは、本当にそれがやりたくてやっているのか、筆者自身、疑問を感じていたのも事実だ。
それだけに、「まる」の現場は、衝撃だった。画一的なプログラムはいっさい行わず、「釣りが趣味だ」と言う利用者がいれば、「釣り」を行事に加え、「りんご狩りに行きたい」と望む利用者がいれば、「りんご狩り」を予定に入れる。農園での畑仕事も、かつて農業に携わっていた利用者の希望で始めたものだ。
一人ひとりの好きなことややりたいことに耳を傾け、職員が実現のサポートを行う。「脱ルーティーン」がモットーだけに、月曜から土曜までバラエティに富んだ行事が並ぶ。
「介護ありきではなく、その人ありき。それが弊社の根本姿勢なんです」
同施設を運営する池田介護研究所・代表取締役の池田右文さんは、独自の理念についてそう語る。
「手厚く、丁寧な介護を行っている施設が、その方にとって本当に良い施設とは限りません。そこに『ご本人の意思や望み』が抜けていたら意味がないな、と僕は思うんです。ご本人の意思なく、ただただ受け身で提供されるものをやり続けていたら、何のために生きているのかわからなくなりますし、心身は衰える一方で良くなりようがないと思うのです」(池田さん)
※人は毎日に生きがいや楽しみがあってこそ、活力が湧いてくるもの。実際、寝たきりや車椅子生活で自力での歩行が困難な要介護4クラスの人が、「まる」に通ううちに歩けるようになることは珍しくないという。
「最初に『まる』に来た当時は、元気がなくて、車椅子生活を送っている方も少なくありません。でも、ここで皆と一緒に出かけたり、おいしいものを食べに行ったりするうちに、『そういえば、昔はこれが好きだったな』と思い出していくんですよね。
すると、自然と動く意欲が出てきて、車椅子から立ち上がるようになる。それがリハビリになるので、皆さん、足腰が強くなってみるみる元気になっていくんです」
利用者が元気になるもう一つの理由
この施設に通う利用者たちが元気になるのにはもう一つ理由がある。昼食の出し方だ。
介護度が高い人であっても、いきなり刻み食やミキサー食といった「介護食」にせず、まず「常食(健康な人が日常生活で食べているような食事)」で出すことを基本としている。
「食事って、味だけじゃなくて見た目や食感がすごく大事なんです。おかずが細かく刻まれていたり、ドロドロしたりしていたら、やっぱり食欲がそそられないですもんね。これまで別の施設で介護食を食べていて、あまり食が進まなかったという利用者さんが、うちで常食を出したら毎回完食するようになった、というケースは多々あります」
もちろん、飲み込みがしづらい人や本人の希望で「やわらかくしてほしい」などの要望があれば、食べやすいように調整する。
だが、最初から「〇〇さんは介護度が高いから、食べられないだろう」と勝手に判断せずに、まずは普通の食事をそのまま提供するのだ。
「見た目にもおいしい食事は食欲を湧かせ、唾液の分泌も促します。そして、ごはんをしっかり完食できるようになると、体力がついて元気が出てきます。これは当たり前のことと言えば、当たり前のことなんですが、介護の現場では安全を重視しすぎて、なかなかできないのが現状です。
でも、僕らはたとえ介護が必要になっても、認知症になっても、いつも通り、当たり前の暮らしを続けられるようにサポートしたいのです」
池田さんが会社を設立したのは、2013年9月のことだ。
長年、介護士やケアマネジャーとして働いてきた池田さん。高齢者と触れ合う介護施設の現場はやりがいがあったが、次第に自分のある言動に違和感を持つようになった。
それは、利用者に何か呼び止められても、次々と業務に追われて、「ちょっと待って」と言わざるを得ない状況が続いてしまったことだ。
「利用者さんは勇気を振りしぼって声をかけてくれたかもしれないのに……。もし、その一言が最後に交わす言葉だったとしたら、『ちょっと待って』なんて言えないなと」
施設主導で一日の予定が進んでいく中で、利用者一人ひとりの思いに耳を傾けることは難しい。それに、外出の機会が少なく、施設内で一日中あまり動かずに過ごすことも引っかかっていた。
人生最期の時間を過ごすかもしれない、だからこそ
人生の最期の時間を過ごすかもしれない大切な介護施設だからこそ、もっと一人ひとりが自由にやりたいことが叶えられる環境がつくれないか? そう考えた池田さんは起業を決意。
地元・青森で開催された「あおもり起業家グランプリ ビジネスプランコンテスト」に出場した。そこで見事、最優秀賞を受賞し、「まる」設立の大きな足がかりとなった。
同施設では、「趣味活動」「健康と美」「お仕事」の3つのキーワードをもとに、利用者の希望を取り入れながら、1カ月の活動行事を設定する。そのほか、「生活支援」として、毎日近隣のスーパーなどへの買い物同行の時間を設け、利用者の食生活のサポートにも力を入れている。
2019年9月には、要介護の高齢者と障がい者がともに働く、お弁当屋兼デイサービスの「無添加お弁当二重まる一番町」をオープン。翌年12月には、健康と美容に特化した半日型のデイサービス「ウエルネスサロン キャトルフィユ」も開設した。
また、2022年には自宅からヨガなどさまざまなレクに参加できる「仮想デイサービス」と、体温や心拍数などのバイタルを把握できる「24時間見守りサービス」の機能を備えたアプリを開発。デイ利用者や地域の高齢者を遠隔でサポートする新事業をスタートさせた。
次々と新たな挑戦をし続ける同社だが、設立当初は苦難の連続だったという。
「まず、既存のデイサービスと介護に対する考え方やあり方が根本的に異なるため、その点をスタッフに理解してもらうことに苦労した」と池田さん。
特に介護業界での経験が長く、決められたルーティーンの中で高齢者と接してきた人は、そのスタイルになかなか慣れず、辞めていく人もいたという。
「弊社の介護職員は、利用者さんたちの発揮どころをつくるプロデューサーであり、楽しませて気持ちを乗せるエンターテイナーだと捉えています。最初は元気がなくて、『私(俺)はいいよ』と何事もあきらめがちだった人も、その気にさせて主役にしてしまう。そうしたことを自ら楽しんで取り組める人が長く活躍してくれているように思います」
また、つねに活気のある「まる」でも、利用者の集客に苦労しなかったわけではない。事業スタイルがユニークで独自性があるあまり、「もともと元気で意欲が高い高齢者じゃないと入れないのでは?」という印象を持たれてしまうからだ。
特に地域のケアマネジャーたちに、“ハードルが高い”印象を持たれてしまうと、通所介護を希望する高齢者やその家族に気軽に紹介してもらう機会が減ってしまう。
「設立して10年近く経った今も、まだまだそうしたイメージを持たれてしまうこともあるので、地域への理解を広げていく努力は欠かせません」
新時代の介護形態「働くデイサービス」
利用者のさまざまな要望を叶える中でたどり着いた一つの形が、仕事に特化した共生型のデイサービス「無添加お弁当二重まる一番町」だ。
この事業は、高齢者や障がい者が、「介護の受け手側」になるのではなく、「働いて与える側」になることで社会とつながり、生きる喜びを得るためのユニークな取り組みだ。
介護業界では、こうした“利用者自身が働く”デイサービスがここ数年で増えてきている。続く後編(8月14日公開)では、同施設に焦点を当てながら、「働くデイサービス」の実態をリポートする。
https://toyokeizai.net/articles/-/693773?page=5
より転用しました。